伊藤忠と丸紅実は兄弟だったんです

日本を代表する総合商社の「伊藤忠商事」と「丸紅」。就活生にも大人気のこの2社ですが、実は元々は同じ会社だったんです。

伊藤忠・丸紅の創始者:伊藤忠兵衛

両社ともに、創業者は19世紀後半の近江商人、伊藤忠兵衛(1842~1903)です。

伊藤忠兵衛は1842年、近江(今の滋賀県)で繊維品の小売業を営む家に生まれました。忠兵衛は17歳で麻布の行商に出かけ、1872年に大阪本町に繊維問屋の店「紅忠」を開設しました。その後は事業がぐんぐんと成長していき、店舗数も事業もどんどん拡大していきました。最盛期には5店を経営するかたわら、銀行・造船・製紙・貿易・保険などの事業も行うなど、いまの「総合商社」のスタイルに近づいていきました。

分かれてくっついて、また分かれた100年

初代伊藤忠兵衛が亡くなった際には,次男2代目忠兵衛に事業が引き継がれました。その後1918年には綿糸布取引と貿易を営む「伊藤忠商事」と呉服反物,洋反物,京呉服などの衣料を取り扱う「伊藤忠商店」に分割され、この2社がそれぞれ現在の伊藤忠と丸紅の母体となりました。

戦争がはじまると、また両社は合併し「三興株式会社」という商社となりました。その後は大手紡績会社の「呉羽紡績(現クレハ)」も加わり、「大建産業」という日本有数の大商社へ。しかし終戦後は元通りへ。財閥解体(過度経済力集中排除令)により大建産業は丸紅、伊藤忠商事、呉羽紡績、尼崎製釘所(現アマテイ)の4社に分割されることとなりました。

再び協力へ:伊藤忠丸紅鉄鋼

2001年、再び伊藤忠商事と丸紅が手を組みます。伊藤忠商事、丸紅の鉄鋼部門を分割統合し、伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社発足しました。
伊藤忠丸紅鉄鋼では鉄鋼製品のトレーディングや事業投資を行い、母体である伊藤忠商事と丸紅のグローバルネットワークを駆使していることが特徴です。その結果、海外からの収益はなんと7割!めちゃくちゃスゴい企業です。

いかがでしたでしょうか。伊藤忠商事と丸紅の「兄弟愛」は、日本経済を支えているのかもしれません。

出典
https://www.town.toyosato.shiga.jp/contents_detail.php?frmId=585
http://www.marubeni.co.jp/company/history/chronicle/
https://www.itochu.co.jp/ja/about/history/index.html
http://www.benichu.com/

ABOUTこの記事をかいた人

呉本 謙勝

メディア事業部 ライター

慶應義塾大学法学部政治学科3年。生まれも育ちも大阪で、方言や行動も含め「マンガから出てきたような大阪人」。専攻は国際関係論。留学先のワシントンDCではジョンズホプキンス高等国際関係大学院で国際関係を学ぶ傍ら、民放キー局ワシントン支局報道部でトランプ政権の報道に携わる。好きな言葉はサンドイッチマン。